人は老いていくといろいろなものを失っていく。
体力、気力、洞察力、判断力、収入、貯蓄・・・
伴侶や子供、自分を取り囲んでいた家族・・・
笑顔、会話・・・
だから、失うことを嫌い、心配する。
それは、お金、身の回りのものや、家族からの思いやりなど・・・
いつしか、自分の感情も、失っていく。
思い出せるものだけが大切な宝となる。
小さい頃の楽しかった出来事や、学生時代の切ない想いでとか・・・
一方、新しい記憶は、泡のように消えてなくなる。
季節がわからない。
時間がわからない。
味覚やにおいがわからない。
あんなに得意だった料理ができなくなった。
冷凍ピラフをそのまま食べる母の姿は、見るに耐えがたい。
なぜか靴下が片方だけしか履けない。
なぜか風呂のアカスリで手を拭く。
夕方になると寂しくなる。
すーっと出掛けてしまう。
やがて、向かいの家から、なだめられながら帰ってくる。
なぜか空っぽの紙袋と、古いサンダルを手に、感情のない目で俺をじっと見ながら・・・
気丈だった母が、ゆっくり、ゆっくりと崩れていく・・・
蝋燭が解けるように・・
時折、じっと自分の手を見つめている。
薄い皮だけが張り付いただけの、しわだらけの、曲がった指を、じっと見ながら、記憶を探している。
そんな母に何をしてやれるだろう。
早くに亡くした父の存在を埋めるように、一生懸命になって俺のことを育ててくれた、大切な母に・・・
老いや認知症を治すことはできないけど、俺のことを忘れないで、覚えていてくれるまで、傍にいてあげよう。
いつか父のもとへ踏み出すまで、傍で笑って、温かく接してあげよう。
Golden Bear
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